心の領域は最後のフロンティア 悲しみとは治癒のプロセスでもある

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心の領域

心の領域について、科学やそれに基づいた医学に出来ることが何かあるでしょうか?

心についてわかっている事は決して多くはありません。

心の領域

心の領域は最後のフロンティアです

科学の主流派の中では、心は脳の構成回路と生化学の産物に過ぎず、その観点からすれば心は常に原因ではなく、結果でしかない事になります。

心のメカニズムを目で見る事は不可能です。

科学は統計的に確かめられる事や測定できるデータを分析する事は得意としますが、このような科学的手法は心の研究にあまり馴染みません。

分かりにくいから無視するか、後回しにします。

心のメカニズム

繰り返しますが、心のメカニズムを目で見る事は不可能です。

たとえば「悲嘆」の感情をモデルに使って、心の傷が癒されていくプロセスを観察する、といったことしか出来ません。

愛する対象の消失(例えば別れや死別!)が呼び水となって生じる悲嘆の感情は誰にも起こりえる経験であり、失われたものが家族であれ、恋人であれ、仕事であれ、ペットであれ、経験する感情の質は変わりません。

とはいえ、悲しみの表現は人によって大きく違います。

悲しむ事も残された者に課せられた仕事であり、喪失を受け入れ、環境の変化の中で新たな一歩を踏み出すためのプロセスです。

悲しむ事それ自体が治癒のある種の変形であり、治癒系の作用なのです。

新芽

悲嘆のプロセスとは

悲嘆のプロセスに決まった順序などはありませんが様々な段階があります。

しばしば最初にあらわれるのは”ショックと拒絶”です。

「まさか、こんなことが自分におこる筈がない!」といった感情です。

そして拒絶は天然の麻酔薬であり、悲嘆があまりにも大きい場合、生命機能が壊滅的被害を受ける事のないよう、一時的な避難所のような場所となります。

拒絶・怒り・幻想・抑うつ・変容

そして、拒絶と入れ替わりのように「なぜ、こんな事が自分の身に起きるんだ!」という怒りの感情がやってきます。

これは、拒絶から一歩進んだ感情です。

怒りはやがて「自分がもっとましな人間だったら、こんな事は起こらなかった」という願望を含んだ幻想に形を変え、そこで葛藤が昇華されないと「もうダメだ、やっていけない・・。」という、抑うつへとたどり着きます。

抑うつは病気のように見えますが、実際には悲嘆のプロセスの進んだ段階で、無意識の内に喪失を受容し、死んだものを生き返らせるという幻想を手放したことを意味します。

その受容を自覚したときに悲しみは終わり、つらかった喪失経験が人生の新たな局面を切り拓きくきっかけともなり得るのです。

そこに一貫して働いているのが、治癒のプロセスだということを知って下さい。

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