iPS細胞と再生医療

手足を再生する生き物たち

両生類のイモリは脚やしっぽを切断しても数か月で元通りに再生します。切断面に「再生芽」というふくらみが出来て、この再生芽が成長する過程で細胞は数を増やし、再び骨や筋肉などの細胞へと育っていき、最終的には脚が再生されます。

ヤモリ

さすがのイモリも胴体を真っ二つに切断されてしまえば、もはや再生不可能ですが、自然界には真っ二つどころか10等分に切断してもその断片から再生可能な生物がいます。

河や池などに住む体長1cm程の小さな生物、プラナリアがそれです。

頭を失ったプラナリアは頭を再生し、頭のみになったプラナリアは頭から下の失った部分を再生します。

比べ物にはなりませんが人の身体も日々再生を繰り返しています。

もちろん、人間の手足は失ってしまうと二度と生えてくることはありませんが、場所によっては再生されています。

再生を可能にするのは「幹細胞」

皮膚の表面にある表皮細胞や小腸内部の壁がそれです。小腸の壁を拡大すると絨毛と呼ばれる無数の突起があり、絨毛の根元にある「幹細胞」と呼ばれる細胞がこの再生が可能にしています。

表皮の底にある幹細胞のおかげで新しい細胞が次々に生まれ、その細胞が徐々に表面に向かって移動します。押し出された(古くなった!)表皮細胞は数十日経つとどんどん表面から剥がれて”アカ”になるわけです。

幹細胞が自ら分裂し、新しい細胞を生み出す能力は生涯失われることはありません。

ところが人間の再生能力には限界があります。人間の身体が手足はおろか指一本すら再生できないのは私たちが持つ幹細胞が万能細胞ではなく再生能力に限界があるためなのです。

もし、どんな細胞にもなれる万能細胞が生まれつき人体に備わっていたとしたら人間はプラナリアのようにとても再生能力の高い生き物だったのでしょうが、「なぜ、そうならなかったのか?」に正確に答えられる人はいないでしょう。

進化

人間を含む哺乳類の身体はとても複雑です。こうした複雑な身体を維持し、毎回間違えずに正確に作り上げる仕事はかなりの困難を要する筈であり、それによってその他の大切な活動・・・文明などという形で人間が行っている様々な活動や精神的活動、恋愛、芸術などという両生類や扁形動物に生まれていれば想像も出来なかった価値あるものが犠牲になったはずです。

人は「イモリ人間になる道を捨てて文明生活を手に入れる選択をした」という仮説が成り立つかもしれません。

胚(Embryo)から取り出した幹細胞(Stem cell)、ES細胞

もしも、人類が全能性を持つヒトの幹細胞を手に入れることが出来れば身体のどんな部分でも新しいものに取り換えて治すことが出来るのでは?と考えた科学者がいました。

1981年、英の生物学者マーティン・エバンス博士はマウスの初期胚(胚=受精卵が6~7回分裂し100個ほどの細胞のかたまりになった胎児と呼ばれる前の状態)の内側にある細胞を取り出し、それを試験管培養する条件を突き止めました。

胚(Embryo)から取り出した幹細胞(Stem cell)、ES細胞と呼ばれるものです。ES細胞は胎盤以外のあらゆる細胞になることが出来る万能細胞として一気に社会的な注目が集まりますが、実用化には2つの大きな問題があります。

1つは倫理の問題です。

ヒトES細胞は不妊治療で人工授精を行った夫婦から提供を受けた余剰胚を、胎児の手前まで成長させたものをバラバラにほぐして取り出します。

つまり、余剰胚は廃棄される運命にあるとはいえ、子宮に戻して更に成長させれば赤ちゃんになるはずの初期胚を分解してしまう事への倫理的な批判が根強くあるのです。

倫理

もう1つは免疫による拒絶の問題です。

患者と余剰胚のDNAは当然異なるためES細胞は”別人”の細胞です。ES細胞から作った臓器は異物とみなされ移植しても拒絶されてしまう可能性があるのです。

”クローン羊” ドリーの誕生

患者自身の細胞を万能細胞に作り変えられないか?と考えたのが、イギリスの生物学者ジョン・ガードンです。

ガードン博士は、もし、患者の細胞を取り出して時計を巻き戻し、初期胚の状態まで戻すことが出来れば問題解決の万能細胞になるはずだと考えました。この実験はカエルにおいては上手くいきましたが、哺乳類では全く上手くいきませんでした。

生物学の世界では不可能といわれていた哺乳類を使った細胞核の初期化を初めて成功させたのは、やはりイギリスのイアン・ウィルマット博士でした。

博士は、後に「クローン羊」として世界中を驚かせた”ドリー”を誕生させます。クローンとは一卵性の双子のように全く同じ遺伝情報を持つ別の個体のことです。

しかし、クローンES細胞で拒絶の問題は解決できても、依然として倫理上の問題は残ります。

「究極の万能細胞を創りたい」

京都大学の山中伸弥教授は、世界で誰も成功していなかったiPS細胞づくりに挑みました。山中教授がめざしたのは大人の皮膚の細胞をどうにかして初期化し、ES細胞のような万能性を叶えることでした。

初期化とはすでに分化を終えてそれぞれ皮膚や肝臓、神経などへ専門化を済ませた細胞を受精卵のような真っ白な状態、つまりどんな細胞にもなれる全能性を持った細胞へ戻すことを意味します。

山中教授の発想はこうです。ES細胞と皮膚の細胞を詳しく比較し、皮膚の細胞ではあまり働いていないが、ES細胞の中では活発に働いている物質があるはずだ。

それを突き止め、同じ物質を皮膚の細胞の中に送り込めば、ES細胞のような状態に変わるのではないか?

山中教授のひらめきは見事に成功します。これが、胚から取り出したES細胞ではない、皮膚などの細胞を人工的に初期化してつくりだすiPS胞です。

拒絶の問題点と倫理上の問題点を見事にクリアした夢の細胞なのです。因みにiPS細胞のiだけ小文字なのは山中教授の遊び心で一世を風靡したアップル社の「iPod」のようにiPS細胞が広く世界に普及し人々の役に立つように!という願いが込められています。

iPSが夢の細胞であることは疑いようがありませんが、現時点において失った肝臓や眼を自由に再生させることが可能になったわけではありません。

そうなるまでにはいくつもの解決しなければならない問題が残されています。

よく言われるiPS細胞が癌化しやすい問題の他にも、作りだした細胞を・・、例えば眼なら眼の様々な種類の細胞を立体的に正しい位置に配置して”眼”という複雑な構造を正確に組み立てる必要がありますが、その技術もまだまだ未開発なのです。

iPS細胞と癌は紙一重・今後の課題とは

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