大切な人の健康を願って祈る

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祈りを捧げる

人は、しばしば祈ります。

困難にぶつかった時、大切な人や自分自身が病んだ時。

古の賢人によれば自分自身を深く見つめ尽くした時、人は自然と祈りを捧げたくなる、といいます。

健康への祈り

祈りには多くの型があるのも事実です。

今日、「与えて下さい」式の祈りがよく見受けられます。ビジュアリゼーションといわれるものです。

特定の目的の実現を願って心に像を描きますが、つまり、これも「与えて下さい」式の祈り・・・、「祈り」というより「願望」です。

目覚めた人格は「どうか、与えて下さい」式の祈りを子供のおもちゃ箱に放り込みます。

大切な人の健康を願って祈る

祈りとは、本質的に他者に向けられる時に、より力が湧いて来ます。

もちろん自分自身のために祈る事も出来ますが、大切な人の幸せや健康を願ってするそれは、より一層効力を発揮する事でしょう。

もし、あなたが信仰を持っているならば、その聖なる存在に導きを願う態度、「私の意志ではなく あなたの御心が行われますように」の祈りを捧げてみて下さい。

それは決して自分自身の願いと相反するものではない事が分かるはずです。

 わずか一瞬の祈りでも必ず何らかの良い結果が祈った人々にもたらされる

「人間 この未知なるもの」を書いたアレクシス・カレル(1873~1944・ノーベル生理学賞、同医学賞)は「祈り」についてこう書いています。

祈りは人間が生み出しうる最も強力なエネルギーである。それは地球の引力と同じ現実的な力である。

医師としての私は多くの人々があらゆる他の療法で失敗した後に、祈りという厳粛な努力によって疾病や憂鬱から救われた例を目撃している。

祈りはラジウムのように自己エネルギーを作り出す発光体である。

人間は祈りながら自分の有限なエネルギーを増大させるためにあらゆるエネルギーの無尽蔵な源泉に向かって呼びかけようとする。

祈るとき、我々は宇宙を回転させる無限の原動力と結合する。

我々はこの力が必要なだけ自分に配分されるようにと祈る。

このように訴えるだけで我々の人間的欠陥は満たされ、強められ、癒されて立ち上がる。

熱烈な祈りで神に話しかけると、いつでも精神や肉体はともに快方へと向かうのだ。

わずか一瞬の祈りでも必ず何らかの良い結果が祈った人々にもたらされるのだ。

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