生命こそが真の奇跡

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この世で(生命)以外に真の奇跡はない

偉大な霊性の教師が言いました。「この世で(生命)以外に真の奇跡はない」

どういう意味でしょうか?

生命

見渡すと、この世は生命であふれています。

海にも、街にも、草むらにも、木の皮をめくってみても・・・いえ、木がすでに生命であり、命の守り手です。

生命を維持するもの

私たちは、自身に備わった生体の恒常性を維持する働き、呼吸、発汗、体温調節、代謝などをつかさどる自律神経系やそれらと協調して働く内分泌系、免疫系の働きに無頓着です。

治癒系の不断の働きに感謝するどころか、ほとんど気が付いてさえいません。

潜在的に、私たちがさらされている病気や怪我の外的因子のすべて、内外の環境因子の絶えざる変化のすべてを考えるとき、 いつ遺伝子の異常が起こっても不思議ではありません。

体のあらゆる侵入孔から体内に入り込む異分子(自分と異なる異物)、DNAに修復不可能な痛手を残す可能性を持つ放射線の絶え間ない攻撃、毎秒何百万と行われている細胞の分裂、ウィルスやバクテリアをはじめとする病原体、加齢による細胞数の減少、神経に緊張を強いて心身の平衡をおびやかす感情の渦など、様々な危険因子にさらされながら深刻な事故もなく、平凡に日常を過ごしています。

わたしたちが、こうして生きていること自体が、確かに奇跡的な事ではないでしょうか。

平凡

凡の非凡

禅では「凡の非凡を経験せよ」と説きます。

座禅の目的は非日常的な意識状態を経験する事ではありません。

もし、「瞑想中に幻視や幻聴などの超常現象を体験してもそれを無視しろ」、と教えます。

そして、例えば「呼吸を意識する(あるいは呼吸を数える)」、ことで自我への執着を軽減し、意識を沈静・集中させ、そこから身体の観察へと進む「観行」の領域へ没入します。

呼吸に始まり呼吸で終わる

ヨガや禅などの、古来から人間の心身の鍛錬を見つめてきた業法が力説する呼吸の大切さ、それはつまり、通常無意識に行われている身体各部の諸機能の重要性を説いているように思えます。

生命は、呼吸に始まり呼吸で終わります。

「ダスカロス・20世紀における最も偉大な霊的教師が教える正しい呼吸法」

たまに立ち止まってこの世の奇跡、生命の灯を見つめてみるのはいかがでしょうか。

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